アンコール遺跡群


アンコール・ワットの祠堂に向かう参道です。
左右に見える堀にはワニがいるとのことです。
向かって右半分が新しい石畳で歩きやすく、左半分が古い石畳で歩きにくいです。


西塔門から入って、中央祠堂を一望したところです。
本当に自分はアンコール・ワットに来たんだ、と感じさせる瞬間です。


アンコール・ワットの第一回廊です。
神話を題材にしたレリーフは、第一回廊の壁面に施されています。


中央祠堂に至る階段です。
見た目そのままで、かなりの急勾配です。
摩耗や劣化で角が丸くなっている段も多く、登りはまだしも下りが怖いです。
地元の子供達は平気な様子で駆け下りていました。


第三回廊のデバター(女神)です。
このようなデバターやアプサラ(踊り子)のレリーフが、アンコール遺跡群のそこかしこに点在しています。


第三回廊の窓から参道を眺めたところです。
窓の格子は当然ながら石製です。


中央祠堂への階段の下で佇む人々です。
中央祠堂が空くのを待っているのかなと思ったのですが、夕日に照らされる中央祠堂を観るために待っていたようです。


参道の彼方に落ちる夕日です。
アンコール・ワットは西に向いていますので、中央祠堂は絶好のビューポイントになります。
実際、かなり混雑していました。




夜明け直前のアンコール・ワットです。
少し早く来すぎたおかげで、満天の星空を満喫することができました。
同時に、小銃を小脇にハンモックで眠る警官と遭遇して、ちょっとしたスリルも味わいました。


かなり明るくなってきた状態です。
西塔門から入ってすぐの場所は日の出を観るのに適しているためかなりの人が集まり、同時に土産売りも集まります。


この日一日、ガイドをしてくれたマウ君(15歳)です。
流暢な英語と怪しげな日本語を喋ります。
ガイドとしては説明がいい加減だったりもしましたが、各遺跡の撮影ポイントは的確におさえてくれるので助かりました。
ちょっとがめついのはご愛敬でしょうか。


クメール人が大好きな神話だという、乳海攪拌のレリーフです。
50mにわたる大壁画です。


乳海攪拌のなかから、私のハンドル名の由来でもあるブラーマ神です。
残念なことに、シヴァ神やヴィシュヌ神に比べブラーマ神の人気は低いようで、レリーフや像には殆ど登場しません。


江戸時代にアンコール・ワットを訪れた森本右近太夫一房が残した墨書です。
日本人がこれを観たがることを、ガイドの少年達はよく知っています。


アンコール・ワットに登る朝日です。
この日は雲が低く立ちこめていたので、あまり綺麗な日の出ではありませんでした。


小さな穴がいくつかありますが、これは弾痕です。
アンコール・ワットにも内戦の傷跡が残っています。




ピラミッド型寺院のプレ・ループです。
中央祠堂からの眺めが良く、カンボジアの大地を望むことができました。


このように、修復中の遺跡が多いです。
また、観光客が来るようなレベルの遺跡でも、手つかずで放置されている箇所は多く、美しいレリーフが無造作に地面に放置されています。




アンコール遺跡群中で最も美しいレリーフが施されたバンテアイ・スレイです。
シェムリアップから40km程離れており途中の道も状態が悪いです。


祠堂の破風に施されたレリーフです。
他の遺跡と比べても別格といえる素晴らしさです。


美しいデバターも残っています。
この美しさに魅せられたフランス人作家が盗掘して持ち出そうとしたという逸話が残っていますが、それも納得できる美しさです。


規模としてはアンコール遺跡群でも最小クラスのバンテアイ・スレイですが、どの祠堂にも美しいレリーフが施されています。




往時は東バライ(貯水池)に浸かっていたというピラミッド型寺院の東メボンです。




鬱蒼とした参道を抜けたところにある、タ・ソムです。


盲窓の制作途中で放棄されたものだそうです。
途中まで彫って止めたレリーフ等は、遺跡群全体で相当数あります。




往時は水が湛えられていたという、ニャック・ポアンです。
私たちが行ったときには観光客が少なかったのですが、たむろしていた警官からバッジを5ドルで買わないかと声をかけられました。


水が湛えられていた頃は、この口から水が出ていたとのことです。




ブリア・カンに至る参道です。
左右の欄干は乳海攪拌をモチーフにしたものです。


ブリア・カンの裏手です。
本当はこちらが正式な参道なんですが、都合により反対側の入り口が参道として使われています。
飲み物売りの女の子が数人おり、丁度良い休憩場所になりました。




アンコール・ワット前の土産物屋街で昼食をとった後、友人が捕まったところです。
カメラのフィルムの値切りを手伝ってくれた女の子にまんまとしてやられ、商品説明を受けています。
土産物売りの子供達は限定された単語ではありますが数ヶ国語を操ります。




アンコール・ワットに次ぐ知名度のバイヨンです。
アンコール・トムの中心にあります。
まだ、修復途上にある遺跡です。


バイヨンのレリーフです。アンコール・ワットほどの美しさはありませんが、描かれた内容が現実の戦争や生活をモチーフにしており、面白いです。


バイヨンを有名たらしめている四面仏です。
撮影したのは、かなり状態のいいものです。


中央テラス周辺に16基の尖塔があり、すぐ近くを観て廻ることができます。


写真からでは分かりにくいですが、中央祠堂は修復作業中で何人もの人が作業をしています。




パプーオンに向かう参道です。
残念ながら修復作業中につき立入禁止でした。




象のテラスです。
往時は閲兵などに使われたそうです。




象のテラスに隣接したライ王のテラスです。
写っているのは牛で、遺跡が生活と密着している光景はそこかしこで見られました。


ライ王のテラスの内部です。




やはりフィルムを買おうとして、土産売りの子供達に囲まれる友人です。




植物の猛威で崩壊寸前のタ・プロームです。
わざとこの状態に留めているそうですが、内部もかなり崩れています。


植物に覆われた遺跡です。




スラ・サランに連接する、バンテアイ・クディです。
写真からでは分かりませんが、内部はかなり崩壊が進んでいます。




王の沐浴に使われたというスラ・サランです。
湖の中央にはなにかの跡が残っていますが、写真には写っていません。




丘陵に作られたプノン・バケンの麓にいた象です。
法外な値段ですが、料金を支払うとこの象に乗ってプノン・バケンを登ることができます。
恥ずかしながら、乗りました。


プノン・バケンから眺めるアンコール・ワットです。
夕日に照らされていますが、あまり赤くなっていませんね。


プノン・バケンから望む落日です。
眼下に見えるのは西バライで、人力で掘ったとは思えないほどの規模の溜め池です。





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